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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)6号 判決

神奈川県足柄下郡湯河原町土肥1丁目15番地の4

原告

株式会社ちぼり

代表者代表取締役

樋口浩司

訴訟代理人弁理士

鈴木正次

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

高野清

有阪正昭

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和61年審判第1126号事件について平成3年11月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

商標登録出願人 原告

出願日 昭和59年4月16日

(商願昭59-38762号)

原告が登録出願した商標 「ツインベア」の仮名文字を横書きしてなる商標(別紙1のとおり)

(以下「本願商標」という。)

指定商品 第30類「菓子、パン」

(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による。以下同じ。)

拒絶査定 昭和60年11月6日

審判請求 昭和61年1月8日

(昭和61年審判第1126号)

審判請求不成立審決 平成3年11月7日

2  審決の理由の要点

(1)  本願商標の構成、指定商品及びその登録出願日は、前項記載のとおりである。

(2)  原査定において本願商標の拒絶理由に引用した登録第1152063号商標(以下「引用商標」という。)は別紙2に表示したとおりの構成よりなり、第30類「菓子、パン」を指定商品として、昭和47年8月10日に登録出願され、同50年9月8日に設定登録がなされ、その後、商標権存続期間の更新登録が同60年9月19日になされ、現に有効に存続するものである。

(3)  本願商標は、「ツインベア」の文字よりなるものであり、その構成中の「ツイン」及び「ベア」がそれぞれ親しまれた語であるとしても、両者を結合し、同書、同大、同間隔に横書きしてなる「ツインベア」の語が特定の観念を有するものとして、本願の指定商品を取り扱う業界において知られ、親しまれているものとは認め難いものであり、また、その証左もないものであるから、本願商標は、その構成文字に相応して「ツインベア」の称呼のみを生ずるものといわなければならない。

引用商標は、「ツインペア」の文字よりなるものであり、その構成中の「ツイン」が「対の」語義を有するものとして、また「ペア」が「一組」、「一対」の語義の外、「洋梨」の語義を有するものとして知られているとしても、両者を結合して「ツインペア」と同書、同大、同間隔に横書きしてなる引用商標は、特定の語意を有するものとして知られて、親しまれて使用されているとはいい難いばかりでなく、その証左もないものであり、不可分一体に表わされたとみるべきである引用商標を「ツイン」と「ペア」に分離して考察しなければならない格別の事情も見い出せないものであるから、引用商標は、その構成文字に相応して、「ツインペア」の称呼を生ずるものといわざるを得ない。

そこで、本願商標より生ずる「ツインベア」の称呼と引用商標より生ずる「ツインペア」の称呼とを比較するに、両者は、ともに5音構成よりなり、第4音目において、「ベ」と「ペ」の音にその差異を有するものであるが、該差異音は「ヘ」の濁音と半濁音であって、母音「エ(e)」を同じくする近似音であり、また、称呼識別上、印象の弱い中間部に位置するため、両者をそれぞれ一連に称呼するときは、該差異音の差が全体の称呼に及ぼす影響は小さいものであり、その語調、語感が近似し、聴者をして互いに相紛れるおそれがあるものといわざるを得ない。

してみれば、本願商標と引用商標とは、あらためて、外観、観念について論ずるまでもなく、称呼上類似の商標であり、かつ、その指定商品も同じくするものであるから、結局、本願商標は、商標法第4条第1項第11号に該当し登録することができない。

3  審決の取消事由

(1)  審決の理由の要点(1)及び(2)は認める。同(3)のうち、本願商標と引用商標の称呼、音構成は認めるが(但し、両商標はいずれも一連に称呼されるものではない。)、その余は争う。

(2)  本願商標と引用商標とは、その称呼、観念を異にする非類似の商標であるにかかわらず、その差異を看過し、両商標の称呼が類似するとの理由で両商標が類似するとした本件審決の判断は明らかに誤りであり違法であるから、取り消されなければならない。

〈1〉 称呼の非類似

本願商標は「ツイン」「ベア」と称呼されるのに対し引用商標は「ツイン」「ペア」と称呼され、両商標とも称呼上2音節5音の構成からなり、第4音に「ベ」音と「ペ」音の差異がある。

「ベ」音も「ペ」音も共に破裂子音と母音「エ」(e)との結合であって、両唇口音であるから、調音位置、調音方法を共通にするものであるが、子音に有声か無声かの相違があり、かつ低く濁って発声されるか(本願商標)、高く澄んで明瞭に発声されるか(引用商標)の差異がある。しかも両者は共に第3音が最も弱く発声される撥音「ン」であるため、音韻法則によりこれに続く第4音は強く発声され、その上アクセントが置かれている。また、両商標は、「ツイン」「ベア」と「ツイン」「ペア」のそれぞれ2音節に称呼され、しかも、「ツイン」はその語としての配置上、「ベア」又は「ペア」の形容詞的性質を有することにより取引者、需要者にとっては、あたかも「ベア」と「ペア」のみが語頭音として称呼されているが如く印象づけられる。そして、従来、比較的短い称呼の二つの商標において、差異が濁音と半濁音のみの場合には相互に称呼上非類似の商標とされている審決例が多数存するところからみれば、両商標をそのまま普通に称呼するときは、語調、語感が明らかに異なり、互いに相紛れるおそれはないものということができる。

加えて、2音節の発音と相まって、後記〈2〉に述べる両商標から想起される観念の差を考えれば、その称呼は容易に聴別することができるのであり、仮に称呼により両商標を取り違えることがあったとしても、両商標の外観及び観念の相違により、その指定商品について誤認、混同を生ずるおそれは考えられないから、この点からも両商標は非類似である(最判昭和43年2月27日第3小法廷民集22巻2号399頁)。

〈2〉 観念の非類似

元来、一般的に使用されていない文字を結合した商標については、特定の語義を有しない造語とされ、そのまま称呼され、他の商標との類比に際しては、観念は比較すべくもないとされるが、商標が商品に付して使用された場合に、取引者、需要者は、自己の保有する知識に結びつけて理解し、認識するものであるところ、本願商標中の「ツイン」が「双子の、うり二つの、対になっている」の意味を有し、「ベア」が「熊」の意味を有し、いずれも外来日本語であることは、本願商標の指定商品の取引者、需要者間に広く知られ、特に「ベア」は玩具、ぬいぐるみ、絵本その他を介し、その意味は十分理解され、認識されており、これら取引者、需要者が本願商標である「ツインベア」の外観及び称呼に接すれば、直ちに「一対の熊」「双子の熊」又は「2匹の熊」などの観念を想起するものということができる。これに対し、引用商標中の「ペア」が「洋梨」又は「一組、夫婦」の意味を有するから、引用商標である「ツインペア」は「対の一対」又は「対の洋梨」の意味を有することになるが、引用商標がかような意味を有することについては、なじみが浅く、特に本願商標の指定商品の取引者、需要者が当該商標を付した商品を購買する場合には、容易に理解し得ない造語として、そのまま「ツインペア」と認識するにとどまるものと認められる。

仮に、引用商標中の「ツイン」も「ペア」も外来日本語としてその指定商品の取引者、需要者に広く知られているとすれば、引用商標である「ツインペア」の外観及び称呼に接した取引者、需要者は、「対の洋梨」、「対の夫婦」、「双子の夫婦」、「うり二つの洋梨」の観念を想起するものと理解される。この観念は、既に述べた本願商標から生ずる「一対の熊」、「双子の熊」又は「2匹の熊」という観念とは明らかに異なる。

このように、両商標はその観念においても異なるから類似するものということはできない。

〈3〉 したがって、本願商標と引用商標とは、これを同一又は類似の商品に使用した場合にも、誤認、混同のおそれがないにもかかわらず、主として両商標の称呼のみを対比検討し、両商標を称呼上類似の商標とした審決は、その判断を誤ったものとして、取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1及び2は認め、同3の主張は争う。

2  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。すなわち、

(1)  本願商標は、「ツインベア」の片仮名文字を同書、同大、同間隔に横書きしてなり、引用商標は、「ツインペア」の片仮名文字を同書、同大、同間隔に横書きしてなるものであり、仮に両者の構成中の「ツイン」の片仮名文字部分が「双子の、うり二つの、対になっている」の語義を有し、前者の構成中の「ベア」の片仮名文字部分が「熊」の語義を有し、もしくは、「ベースアップ」の略語、後者の「ペア」の片仮名文字部分が「洋梨」の語義、又は「一組、一対、一組の男女、夫婦」の語義を有する外来語であるとしても、前者が「一対の熊、双子の熊」「対のベースアップ」の観念、後者が「双子の夫婦」、「うり二つの洋梨」の観念を一義的に生ずるものであるとするほど「ツイン」の語と他の語の結合した熟語「ツインセッター」、「ツインセット」、「ツインベッド」等と同様の語として使用され、一般世人に知られ、親しまれている熟語とは認め得ないものであるから、本願商標「ツインベア」及び引用商標「ツインペア」は、一体不可分に表されてなる構成からは全体の構成文字に着目して、「ツインベア」と「ツインペア」の各称呼のみを生じ、かつ、いずれも特定の語義を有しない一種の造語である。

(2)  両商標の称呼は、ともに5音構成よりなり、5音中の4音を同じくし、僅かにに第4音目において、「ベ」の音と「ペ」の音にその差を有するにすぎない。該差異音「ベ」と「ペ」は「ヘ」の濁音と半濁音であって、ともに調音位置及び調音方向を同じくする音であり、しかも、母音「エ」(e)は共通であり、子音が有声音(b)と無声音(p)の差にすぎないうえ、これら子音より母音の方が強い音として聴取されるから、両者の子音により生ずる差は微差というべきである。そして、両商標において、かように印象の弱い差異音が5音構成中第4音目にあるに過ぎない以上、両商標が一連に称呼されようとも、また、本願商標と引用商標との称呼において、「ツイン」と「ベア」あるいは「ツイン」と「ペア」の2音節に発音される場合があるとしても、上記差異音が全体の称呼に及ぼす影響は小さいものであり、両者の音の調子、音の感じが近似したものとなり、聴者をして互いに相紛れるおそれがある。

(3)  原告は、本願商標と引用商標より生ずる「ツインベア」と「ツインペア」の称呼において、両者は「ツイン」と「ベア」、「ツイン」と「ペア」とにそれぞれ2音節に発声され、撥音「ン」に続く第4音「ベ」と「ペ」が強く発声され、その上にアクセントが置かれると主張しているが、本願及び引用の両商標を構成する外来語の「ツイン」(twin)、「ベア」(bear)、「ペア」(pair)、(pear)は、その由来する英語については、いずれの語の発音もアクセントがなく、各語は平板に発音されるものであり、本願及び引用の両商標が前記の構成と配列音からなる造語商標にあってはいずれも全体として平板的で一音節風の語調に発音され聴取されるとみるのが相当である。

(4)  2語からなる造語商標において、第1語の文字部分がその指定商品との関係でその品質を誇称的に表す形容詞として理解され、自他商品の識別標識としての機能を果たさない語の場合に当該部分を省略して第2語の文字部分に相応して生ずる称呼をもって取引に資せられる場合があるが、本願商標と引用商標とは不可分一体に表された構成よりなるものであり、その構成中の「ツイン」の片仮名文字部分が、かかる場合に該当するとみられる格別の事情は存しない。

(5)  商標の称呼類似において、相違する音が本件における「ベ」と「ペ」の如く濁音と半濁音の相違音にあっても、それぞれ称呼上類似するとされた審決例があり、原告が挙示する審決例は、本件における両商標の称呼とは、その構成音の音数・配列並びに音質を相違するもので事案を異にする。

(6)  以上のとおり、本願商標と引用商標とは、その称呼において類似するとした本件審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載を引用する。

理由

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点、本願商標の構成(別紙1)、指定商品及び登録出願日、引用商標の構成(別紙2)、指定商品、登録出願日及び設定登録日については当事者間に争いはない。

2  取消事由に対する判断

(1)  本願商標は「ツインベア」と称呼されるのに対し、引用商標は「ツインペア」と称呼され(但し、一連に称呼されるか、2音節に称呼されるかは争いがある。)、両商標とも称呼上5音の構成からなり、第4音に「ベ」音と「ペ」音の差異があることは当事者間に争いはない。

(2)  両商標を構成する音につき、最初の3音を構成する片仮名文字部分「ツイン」が「双子の、うり二つの、対になっている」の語義を有している外来語であり、本願商標においては、「ツイン」に続く片仮名文字部分「ベア」が「熊」の語義を有する外来語であり、引用商標において「ツイン」に続く片仮名文字部分「ペア」が「洋梨」又は「一組、夫婦」の意味を有する外来語であることは被告も明らかに争わないところである。しかし、両商標の指定商品の取引者、需要者により、「ツイン」、「ベア」、「ペア」の各語の個々の意味が十分理解され、認識されているとしても、「ツインベア」が「ツイン」と「ベア」の2語よりなり、「一対の熊」、「双子の熊」又は「2匹の熊」を意味する外来語の熟語として日常広く用いられていること及び「ツインペア」が「ツイン」と「ペア」の2語よりなり、「対の洋梨」、「対の夫婦」、「双子の夫婦」又は「うり二つの洋梨」などを意味する外来語の熟語として日常広く用いられていることについては、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

かように、「ツインベア」も「ツインペア」のいずれもが熟語として定着しているものとは認められない上、別紙1及び2によれば、両商標ともその構成に係る5音の片仮名文字がそれぞれ同じ書体で、同じ大きさで、かつ同じ間隔により一連に横書きされていることからみて、両商標に接した取引者、需要者は、両商標をいずれも一体不可分のものとして認識し、特定の文字に強弱をつけることなく、中途で分断することなく「ツインベア」、「ツインペア」と一連に、かつ平板に称呼するものと認めるのが相当である。

(3)  次に、両商標の称呼上の唯一の差異音である第4音目の「ベ」と「ペ」の発音の差異についてみるに、該差異音は「ヘ」の濁音と半濁音であって、母音「エ」(e)を同じくする近似音であり、また、称呼識別上、印象の弱い中間部に位置するため、全体をそれぞれ一連に、かつ平板に称呼される両商標において、該差異音が全体の称呼に及ぼす影響は小さいものであり、全体としての語調、語感が近似し、聴者が両者を混同するおそれがあるものといわざるを得ない。このことは、両商標を構成する「ツイン」、「ベア」ぐ「ペア」の個々の意味が広く知られているとしても変わるものではなく、そのことの故に両商標の称呼が聴者に異別感を与えることはないものというべきである。

(4)  原告の称呼類似に関する主張は、要するに、本願商標が「ツイン」「ベア」、引用商標が「ツイン」「ペア」と2音節に称呼されること、本願商標からは一定の観念が生じ、引用商標からはそれが生じないこと、引用商標から一定の観念が生じるとしても、それは本願商標から生じる観念とは異なることを前提とするものであるが、この前提を採り得ないことは既に説示したところから明らかである。

原告が援用する審決例(成立に争いのない甲第4ないし第7、第11号証の各1ないし3)は、対比される商標の音構成の数、差異音の位置などの点において本件とは事案を異にし、前記判断を左右するものではない。

やはり、原告が援用する最高裁判決は、対比される商標が称呼において比較的類似していても、(a)外観及び観念において著しく異なり、かつ(b)指定商品の取引分野では、称呼のみによって商標を識別し、商品の出所を知り、品質を認識することがほとんど行なわれていない実情である場合には、非類似とされることを判示している。しかして、本件においては、(a)の要件のうち外観について本願商標と引用商標を対比すれば、両者が著しく異なるといえないことは明らかであり、(b)の要件については、かかる実情は特殊な取引においてみられるものというべきところ、両商標の指定商品の取引分野においてかかる実情を認めるに足りる証拠はないから、この判決の法理を本件に適用する余地はない。

(5)  以上によれば、本願商標と引用商標とは、称呼が類似する商標であるところ、本願商標と引用商標とは、その指定商品も同じくするものであるから、本願商標は、商標法第4条第1項第11号に該当し登録することができないものであり、本件審決の認定、判断に原告主張の違法は存しない。

3  よって、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙1

〈省略〉

別紙2

〈省略〉

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